【57】『アフターバーナー II』に導かれて

稲見 昌彦

 揺れ動く筐体、ロックオンの爽快な音、擬似 3D で画面奥に飛び去るミサイル。中学・高校と化学部に所属し、将来は生物工学の研究をすることを迷うことなく目指していた私を虜にしたのは、渋谷のゲームセンターで出会ったセガの『アフターバーナー II』であった。

 小学生の頃父から買い与えられた任天堂の『ゲーム&ウォッチ』に出会い、PC のゲームにも親しみ、STOP ボタンを押すと出てくる BASIC のソースコードをいじることでプログラムに馴染んでいった私にとっても、体感ゲームは大変な衝撃であった。それまで、画面という窓を介して眺めていたゲームの世界に自らが没入し「体験」できる。筐体はまさに私にとってのコックピットであった。そしてその経験がきっかけとなり、大学入学後、趣味として体験できるコンピュータともいえるバーチャルリアリティのシステム自作を始め、いつの間にかそれを本業とするに至っている。現在の私の研究領域は、まさにゲームによって導かれたともいえる。当然の帰結として、研究対象にコンピュータを用いたエンターテインメントも加わることになった。

 かつて情報学の研究分野でゲームといえば、フォン・ノイマンによって体系化されたゲーム理論、あるいはセル・オートマトンのライフゲームであり、エンターテインメントとしてのゲームそのものを正面から捉えた研究は、将棋やチェスなどのボードゲームを除き、ほとんど行われていなかった。私が学生の頃は、ゲームの研究を行いたいと、なかなか言い出せる雰囲気ではなかった。

 2002 年にエンターテインメントコンピューティングに関する国際会議「InternationalWorkshop on Entertainment Computing」が開催され、2004 年には InternationalConference on Advances in Computer Entertainment Technology(ACE)がスタートした。国内でも 2005 年にエンターテインメントに関する情報学を対象としたエンタテインメントコンピューティング(EC)研究会が情報処理学会に設立され、毎年シンポジウムを開催している。本分野に関わる研究者、学生の数は年々増え続けており、EC 研究で学位を取得した博士達が大学や企業で活躍し始めている。文科省の研究費のキーワードにも「エンタテインメントコンピューティング」が入り、現在では胸を張ってゲームの研究を行っていると教員も学生も言えるようになった。

 それでは、EC 分野に研究者が集い 10 年近く経ったことで飛躍的に研究が進展したかというと、いまだ暗中模索の日々である。エンターテインメントの本質は逃げ水のようでもあり、なかなか近づけていない。エンターテインメント研究の魅力は単に情報学の研究にとどまらず、人そのものを研究対象としている点である。一方で人を対象とするゆえの難しさもある。エンターテインメントを理解するためには、人がおもしろさを感じるメカニズムを明らかにする必要がある。そして、得られた知見に基づき設計モデルを構築することで、エンターテインメントを初めて工学的に構築することが可能となる。現状の研究状況は、物理・天文学におけるケプラーの法則発見前の状況であり、ようやくさまざまな試行錯誤の体系化が始まった段階である。

 米ソの宇宙開発競争が勃発していた 1960 年代、宇宙とはまったく異なる新たなフロンティアを世界で初めて生成し、自ら作った装置で人類初の探索を始めた気鋭の研究者がいた。その名はアイヴァン・サザランド博士。「究極のディスプレイ」と題した論文を 1965 年に発表し、1968 年に頭部搭載型ディスプレイを完成させ、世界で初めて「サイバースペース」を生成し、体験した。アポロ 11 号による人類初の月着陸の 1 年前である。それから 40 年以上たった現在においても未だ宇宙空間への旅行は一般化していない。しかし、サイバースペースは何億人もの人が毎日のように訪れている。

 一方で宇宙空間を形作る物理法則は、ほぼ明らかになりつつあるが、サイバースペースにおけるエンターテインメントの基本原理は明らかになっていない。宇宙と並ぶフロンティア探求ともいえる EC 研究の輪が、ゲーム開発者との二人三脚で一層広がることを願ってやまない。