【17】コンシューマとソーシャルにおけるローカライズ作業の差

長谷川 亮一

 私は 1992 年から 19 年にわたりコンシューマ(CS)ゲーム業界にてローカライズ業務を担当してきましたが、2012 年に縁あってソーシャルゲーム業界に転職、引き続き同様の業務をしています。しかし、同じゲーム業界、同じローカライズ作業とはいえ、この 2 つにはとても大きな違いがあります。

 例えば開発期間の場合、CS 向けに供給されるタイトルは一部の移植モノやダウンロード用コンテンツを除いては通常 1 年以上の開発期間を要するのに対し、ソーシャルではプロジェクト立ち上げからリリースまでが 3 ~ 6 ヶ月程度です(その代わり、ヒット作になるとサービスイン後 3 年以上もサービスを継続しているタイトルも存在します)。また、その規模も CS 向け大型タイトルではゲーム内テキストも数十万文字の分量になりますが、ソーシャルではジャンルにもよりますが今のところ多くても数万文字程度です。他にも画面解像度とアイコンなどのサイズやレイアウト、コントローラを含むインターフェース、通信速度、プレイ環境の違い(日本では朝夕の通勤、通学時と昼休み、そして夜にトラフィックが増大しますが、北米では車通勤が多いためそのようなピークがなく、21 時以降のゴールデンタイムにユーザー数が最大になるなど)その差は多岐にわたります。

 当然、その際に発生するローカライズ作業の内容も異なってきます。一度市場に出てしまうと基本的に修正が不可能な CS 向けは長期のデバッグを経てからリリースされるのに対し、ソーシャルでは解析ツールを使用し常にユーザーの動向や離脱率を把握、必要に応じて押されていないボタンを目立たせたり補足テキストを加えたり、逆に冗長な演出や説明を削除したりとリアルタイムな対応が求められ、またイベントも週変わりや週末、記念日限定、といった短期間向けに作成されることが多く、さらに多少のミスや不具合があったとしても後から修正が可能ということもあり、やはりスピードが最優先となります。そのため、ソースコード内にテキストが直接打ち込まれていたり、ボタンやバナーに文字が直接ビットマップで描かれていたりと、後からのテキスト差し替えがあまり考慮されていない作り方がされることが少なくないようです(さすがに大手ではそのあたりもしっかりしているようですが)。

 そういったテキストの翻訳を外部のベンダーに依頼する場合も、CS のプロジェクトのようにあらかじめ分量と納期、コストが見えている状態で契約できるのがベストなのですが、ソーシャルの場合は分量こそ多くないものの、ほぼ毎日のように作業が発生し続けるため、その契約形態もかなり柔軟なものが求められます。また、小さな画面の中でも迷いづらい、グラフィカルで操作が簡単なインターフェースの重要性は、ローカライズの手間を省くためにも CS 向け以上に高いと言ってよいでしょう(最新の北米市場調査によると、スマートフォンでゲームをプレイしているユーザーの 7 割近くは他のことをしながら遊んでいるそうです)。

 一方、私も副世話人として参加している IGDA 日本の SIG-Glocalization が定期的に開いている勉強会でも毎回議題となる、例えば十字架や六芒星、卍(まんじ)などといった宗教、政治、文化的な意味を持つシンボルや、中指、あるいは人差し指と小指を突き出すなどのハンドサイン、スポーツゲームなどによく登場する国旗や国境の扱い、登場人物における男女、人種のバランスに対する配慮、女性キャラクターの見た目や露出度に対する日本と海外での受け取られ方の違い、などへの理解は、CS ではそれなりに浸透しているものの、ソーシャル系ではまだ追いついていないように感じられます。国内向けのサービスなので問題ない、という考え方もあるでしょうが、特にスマートフォン向けタイトルは今後世界市場への進出の可能性が極めて高いため、今からそういったリスクを認識、回避しておくことは極めて重要だと考えており、今後も、特にソーシャル系の開発者向けに積極的に啓蒙活動を続けていきたいと思います。