【76】主役は車ではなくてプレイヤー

佐々木 建仁

 はじめて乗るレーシングカーの操縦をあっという間にマスターしてレースに参戦。ライバルと競い合い優勝をめざす。ビジュアルのリアルさはむろん、実車を運転しているかのような迫力や爽快感、緊張感も味わえないと満足されない。アーケードのレースゲームはシンプルだが、コイン投入から数分間のプレイ時間に求められることが非常に多い。

 作り手側が勘違いしやすいのは、物理シミュレートされた究極にリアルな車さえ用意すればよいと考えてしまうことだ。

 だが、もしも目の前に 300Km/h 出る本物のレーシングカーと実在のサーキットがあったとして、いきなりレースができるだろうか?

 ラリーカーやチューニングカーがあったとして、いきなりドリフト走行で峠道を爆走できるだろうか?

 時間をかけて練習すればいつかは実現するかもしれないが、大多数の人には不可能だろう。

 私がレースゲームでプレイヤーに体験してほしいのは、あくまでもレーサーが感じているであろう感覚やコクピットから見えている世界。レーサーとは同じ操作をしてくれない一般人に、レーサーの世界を追体験してもらうことだ。

 アーケードのレースゲームはシミュレータではない。大多数のプレイヤーの運転スキルでも、あたかもプロが操る実車のごとく疾走するように作り上げることが肝心なのだ。レースゲームの開発で一番難しく時間がかかるのが、この挙動性能(走行性能とも呼ぶ)を、物理シミュレータをベースにしながらも、ゲームの題材ごとに練り上げる作業である。

 ゲームの題材が決まったら「何がおもしろいのか、気持ちいいのか、支持されているのか」などを徹底的に研究し、理解する努力をする。実在するレース(またはそれに近い)が題材のレースゲームの場合は、可能であればプロが操る車に同乗してコクピットから見える景色や車の動き、音や G のかかり方などを実際に体験する。

 次の段階ではいろいろな体験や研究の中から、ゲームに盛り込みたいことを分解し、抽出する。できるだけ細かく、感覚的なことからビジュアル的なこと、場合によってはサウンドや操作方法、時には技術的なことまで、おもしろさを構成するであろう要素をパーツとして抽出していく。

 そして盛り込みたい各項目に優先順位をつける。ブラッシュアップのために必ず取捨選択が必要になってくるが、優先順位を明確にしておかないと大事なものを切り捨ててしまったり、「おもしろさの枝葉の部分」だけのゲームになってしまうことがあるからだ。

 挙動性能がある程度できあがった時点で、ゲームの流れとコースレイアウト&ビジュアル作成の詰めに入る。抽出した要素のうち、ビジュアル的なものや感覚的なことを、ゲームのどのタイミングでプレイヤーに体験してもらうのか、時間軸上に配置する。この配置がアーケードゲームのデザインでは非常に重要になってくる。

 この段階で私が使うことが多いのが、プレイヤーの感情の起伏をグラフに表した「感情曲線」だ。ゲームの要素として抽出した項目は刺激が強いものが多く、ただ並べただけではメリハリがないゲームになってしまう。どのタイミングでどのようなゲーム展開になればプレイヤーは興奮するか、ストレスがたまってしまうのか、などを意識して配置していく必要がある。

 またアーケードゲームの場合は一度のプレイで完璧に満足する設計にしてしまうと、高インカムが見込めなくなってしまう。そのためゲーム終盤にプレイヤーへ若干のストレスをわざと与え、満足感と同時に若干の「悔しい」気持ちを残すように設計することで、再チャレンジ(リピート)を促すことができる。

 もちろんプレイを重ねるごとにプレイヤーが「次のおもしろさ」をタイミングよく発見できるように配置したり、成績によって違う展開になるなど、再度プレイしたくなるように設計することも忘れてはいけない。

 駆け足になったが、アーケードのレースゲームの主人公は車ではなく、あくまでプレイヤー自身なのだ。リアルなビジュアルや走行性能はレースゲームにとって重要な要素の一つだが、そこは忘れてはいけないと私は考えている。