【92】ゲームにおける物理モデル音源の現実と未来

矢島 友宏

 現在のサウンドは、基礎となる波形データを用いて加算や減算で音を作成することが基本です。そのため、元となる波形データに多くのパターン素材を用意して、単調感が極力発生しないように工夫しています。この数が多ければ多いほど使い回し感はなくなり、きめ細かさが出るのですが、大変な手間がかかります。そこまでして違和感を減らすことへの費用対効果があるのかどうか? となると、結果として程々の量に落ち着くことになります。

 そこで、サウンドにおけるプロシージャル技術が注目を集めています。パターン素材の生成をジェネレータで行うことによって作業コストとクオリティーを両方向上させる事が出来るようになります。つまり、今まで手作業で制作していたパターンをジェネレート出来るかどうかが鍵となるわけです。これらの多くは一度に複数発生する情報の制御や、無限のパターン等を処理することが出来る為、膨大な手作業によるコストを抑えつつ、高い精度を維持できるメリットがあります。さらに、空間制御や発音制御、BGM のリアルタイム生成やモデュレーション等々、様々な技術が実用化され始めています。

 ゲームの開発では、ジャンルや内容によってコストをかけるべき部分はある程度決まってきます、私の場合は RPG を担当することが多く、キャラクターの挙動に伴う効果音が一番の物量になります。この部分だけでも素材ジェネレータが使用出来れば、別な部分のクオリティー向上を行うことが出来ます。この考えに基づいて開発したシステムが“MASTS”(Motion-ControlledReal-TimeAutomaticSoundTriggeringSystem)です。FF XIII の開発で実用し、GDC などでも発表させて頂きました。現在でも、研究と開発を進めている最中です。

 さらなる未来には、音自体をゼロから生成する物理ベースの音響合成技術があります。原理的には無限のバリエーションを生成できるので、音の制作そのものが根幹から変わる技術と言えますが、物の大きさ、素材、摩擦の度合い、物体が崩れた際のそれぞれの音の計算など、シミュレートしなくてはいけないことを挙げたらキリがありません。実現のハードルは高く、実用化までは時間がかかりそうですが、この技術が実現することでゲーム内空間における風の音などの自然環境音は、今まで作っていたものと比較にならないぐらいリアルになるでしょう。環境音のリアリティが向上し、映像とリンクする度合いが上がれば、プレイヤーの没入感も今よりもっと上がることでしょう。物理モデル音源が、未来のゲーム開発に一番マッチするものであることは間違いありません。

 物理モデル音源を突き詰めていくとクリエイターの存在意義がなくなるのでは? と聞かれることがあります。しかし、ゲームの場合は魔法等の非現実音が必要です。ですから、物理モデル音源が完成したからと言って、それのみに依存することは無いと思います。また、現実の音を物理的に忠実に再現したとしても、プレイヤーの想像している音のイメージと違う事が多いということもあります。ですから、プレイヤーにリアリティを感じてもらうためには、結局演出やデフォルメは必要になると思います。

 サウンドクリエータにとっての物理モデル音源の大きな意義は、その時のその場の本当の音を知ることが出来るという点です。収録したものはあくまで別な空間のものです。ですので、そのままではゲームの空間にはマッチしません。物理モデル音源によって、ゲーム内における、その時、その場の「本物」の音を用いた演出ができるようになった時、音の本当のリアリティーの話が出来るようになってくるのではないでしょうか?