【65】僕が“世界水準”を意識できるようになったきっかけ

戸島 壮太郎

 僕には皆さんに伝えたいことが少なくとも 97 以上はあると思います。その中から今回は「僕が“世界水準”を意識できるようになったきっかけ」について書かせていただきます。

 業界に入って 3 年間、僕は作曲の仕事をしていました。そして 2000 年に小島プロダクションへの異動が決まります。「あのメタルギアソリッドで曲を書ける」とワクワクしました。しかし出社初日、当時の上司から「作曲ではなく、ムービーシーンのオーディオポストプロダクションをやって欲しい」と言われたのです。僕は激しく抵抗しました。「ポストプロダクションなんてやったことが無いし出来ません。絶対いい曲を書くから音楽書かせて下さい!」と。しかし抵抗もかなわず、最終的に僕はこれをやることになりました。

 オーディオポストプロダクションの手順を簡単に説明します。まず銃声や動作音といったすべての効果音を作成し、音楽や音声と共に音量バランスをとって、最終的な音響を仕上げる仕事です。当時のムービー音響にはまだインタラクティビティは無く、映画音響と同じワークフローでした。

 メタルギアの映像は当時から映画風でリアリティがありました。目指す所は映画のような音響。経験の無い僕が、とりあえずやってみること 2 日間。すると、まるで映画のような音になったではありませんか! 意気揚々と小島監督にチェックしてもらいます。「なかなかええやん!」そんなコメントを期待しました。しかしチェックが終わると監督は、映画 MATRIX の DVD を持ってきて再生しました。そして「これの音とどっちがええと思う?」と聞かれました。そして監督は「これより、ええ音にしてや!」と去って行かれました。

 「初心者の僕とハリウッドでも音響が話題の作品の音を比べるなんて」と思いつつ、修正を頑張りました。次の日、監督に再チェックをしてもらいます。すると「まだ MATRIX より良く無い」とだけ言われます。これを何日も繰り返すうち、僕はようやくわかって来ました。小島監督が“本気”で MATRIX より良い音を求めている事を。冷や汗が出ました。監督は僕に経験が無いことはご存知です。でもそんな事はこちらの都合であってファンには関係無い。ファンは純粋に「メタルギアソリッド」に世界最高水準を期待しているわけで、チーム員は当然それに応える責任があるという事です。

 その“当たり前の事実”を理解した僕にはもう「MATRIX を超える!」という選択肢しかありませんでした。自分の実力不足など気にしている時間は無い。毎日映画の音を研究し、情報を探し、映画業界の先人にアドバイスを乞い、色んな音作りを試し、夢中で、必死で世界水準の音を探求しました。

 結果、残念ながら、僕の音は MATRIX を超える事は出来ませんでした(笑)。しかし気がつけば、初心者の僕が作った音は、当初の僕の意識では成し得なかった、海外の音響賞をいくつも貰えるような仕上がりになっていたのです。監督が教えてくれた意識改革によって、初心者の僕が、短期間で世界が評価するような音を作ったのです。

 作品のクオリティー、そして自身の成長は、“自分が本気でどこを目指すのか”で何倍にも変わる。経験や自信が足りなくても、高い目標を持って、それを本気で目指すことが大切なのだ。僕は、身を持ってそれを体験しました。

 僕は今アメリカで、HALO4 のオーディオを作っています。チームとしての経験不足、言葉や文化の壁、これまでに無い苦境に立たされています。しかしどんな状況でも“世界が興奮する音響を実現する事は自分の責任、必ず実現しなくてはいけない”その気持ちを忘れる事はありません。その思いが、不安な時も、僕を奮い立たせているのです。(そうそう、残り 96 については、『戸島壮太郎が言いたい 97 のこと』(発売完全未定(笑))にてお話できたらと思います)