【58】違和感を大切に

谷口 勝也

 ずいぶん前の話ですが、あるゲーム開発プロジェクトで使用する DCC ツールの選定を担当したことがあります。この時最も重視したのは「そのツールに、アニメーションをリアルタイムで確認できる機能が備わっているかどうか」でした。

 私がゲームのアニメーション制作を始めたころ、アニメーターがアニメーションを確認するには、まずアニメーションをオフラインレンダリングした動画を作る方法が主流でした。この方法である程度確認してから、データをコンバートして実機のビューワーに出して確認をしていました。これでは最終的なアニメーションの確認までに、かなり余分な工程が入ります。そのような工程やツールに非常に「違和感」を持ちました。しかし当時の状況では解消する手立てが無く「なぜアニメーション作成ツール上でリアルタイムに確認できないのか?」という「違和感」は胸にしまっておくことにしました。

 その数年後、新しいコンソール向けの新規プロジェクトに参加することになりました。新しいツールを導入するチャンスです。以前と違って「アニメーションをリアルタイムで確認できる能力を備えたツール」が存在しました。新しいツールに対する不安の声もありましたが、半ば強引に、このツールの導入を決定しました。幸い導入は順調に進み、リアルタイムでのアニメーション確認は、飛躍的に作業効率を向上させました。それまでのツールへの「違和感」が、新しいツールの導入と成果に繋がったのです。

 今でも「違和感」を感じ続けています。少し専門的な話になりますが、例えばインバースキネマティックスという技術があります。DCC ツールでアニメーションを作成する場合や、ランタイムのアニメーション制御に使われます。主にキャラクターアニメーションの作成に使われる技術です。この方法では複数の関節が連鎖した骨構造の末端に取り付けた制御点を動かし、逆算して各関節を動かすことで骨構造全体を制御します。少ない制御点を動かすことで骨全体の操作が可能な便利な方法です。紐で操作する操り人形を想像してもらえればわかりやすいと思います。しかし、インバースキネマティックスには「違和感」を感じます。現実の人体では、各関節の動きの集積で末端が動くのに、インバースキネマティックスでは末端の作用として各関節が動きます。現実とは逆に力が伝播していく為に、この方法を使って現実に起こっているような力の伝播を再現するには、ちょっとしたテクニックが必要になってくるのです。気を抜くと、すぐに操り人形のような力の無い動きになってしまいます。そこを何とかするのがアニメーターの力量だとも思ってきましたが、今では根本的に問題を抱えた制御方法だと思っています。この「違和感」も捨てずに持ち続けることで、新しいツールや制作手法に繋がるのではないかと感じています。

 このように「違和感」は重要です。プロジェクトの運営方法、ゲームシステムやアセットの作成方法、近所のコンビニで売っているジュースの種類から税金の使われ方まで、あらゆるものに「違和感」を感じることができます。ただ全ての「違和感」に立ち向かっていてはゲーム制作が進みませんし、生活もままならないでしょう。そして「違和感」は、いずれ「当たり前」になり、疑うことが減っていきます。どんな環境であっても、慣れてしまえばそれなりに快適です。だからこそ「違和感を大切に」なのです。違和感を解消するチャンスはいつかやってきます。その時まで、違和感は大切に取って置きましょう。その時、違和感はイノベーションを生み出すきっかけになると思うのです。