【44】体験からイノベーションを起こそう

清水 亮

 イノベーションが起きる瞬間というのが確かにあります。

 イノベーションを起こすには、それが起きている現場に行くのが一番です。GDC のようなゲーム開発者会議は当然として、SIGGRAPH や UIST のような、より専門的な学会に参加してみましょう。そこでは沢山の発明や発見が披露されています。

 新しい技術が出たら、誰より先に体験してみましょう。イノベーションを巻き起こすもっとも簡単な方法は、新しい体験をしてみることです。しかもできるだけ人より早く、濃密な体験をしてみることが大切です。

 たとえば 1999 年に携帯電話にインターネット機能が載ったとき、私はまず会社の仕事に使うスケジューラを携帯電話に移植しました。それから、PC のメールをとりあえずぜんぶ携帯電話に転送するようにしました。そのあと、私はもっと携帯電話のネット機能で遊ぶことが出来ないか、と考えたのです。

 当時の携帯電話はごく簡単な通信機能しかなく、JavaScript はもちろん、Java すら動きませんでした。グラフィックはモノクロのみで、数桁の文字しか表示できませんでした。しかし逆に、少ない文字によって人間の想像力をより刺激し、想像力をかき立てるような遊びができるのではないかと考えました。

 こうして私は、ごく初期の携帯電話ゲームの企画に携わることになりました。当時、携帯電話のゲームは取るに足らないものと考えられていましたが、みるみる成長し、現在の規模にまでなりました。

 それから、新しいテクノロジーやライフスタイルが産まれたら、まず体験してみる。それが私の行動指針になりました。

 それだけでなく、自分が体験したことのないことがあったら積極的に体験してみることにしました。最初は全く興味が持てないことでも、進んで体験してみることで意外な発見があることにも気づきました。

 海外出張に出かける時は、できるだけ陸路で行くことにしています。目的地まで直接行かず、ハブ空港で一度降りて、車でゆっくりと見知らぬ土地を巡るのです。飛行機ならば数時間でついてしまう 1,000 キロほどの距離を、二日かけて陸路で移動します。GPS も使わず、できるだけ地図とコンパスで移動します。見知らぬ土地の地図を読むことで、世界の様々な文化について学ぶことが出来ます。地図すらも現地の言葉で書かれているので、気分は本当の冒険者です。

 道に迷ってしまったら、現地の人に体当たりで聞いてみます。英語が使えない国も少なくありませんが、ガソリンスタンドで地図を見せればたいていの人とは会話が成り立ちます。こういう風情もまた良い刺激となるものです。食べ物も、できるだけ現地の普通の人が食べる物に挑戦してみます。会社の机に座っていたら決してできない体験を通して、自分の体験を再構成することで新しいアイデアを着想するのです。

 徹底的に非日常的な体験をしたら、今度はそうした体験を縮小再構成して、日常を非日常化してみます。ちょっとしたアイデアや新しい道具を持ち込んで、日常を変化させてみるのです。そういうところにこそ、僕は新しい遊びがあると思います。

 現実の渋谷を舞台にした宝探しゲーム「クリムゾンフォックス」は、地図に書かれた見知らぬ土地を読み解き、道に迷って途方に暮れた体験から生まれました。AR 技術はオマケに過ぎません。道に迷うことそのものがゲームなのだと気づいたのです。

 これからも、できるだけ珍しい体験をできるだけ沢山してみたいと思います。