【09】ムダなムダを徹底的に切り捨てる

益 弘和

 私たちが日々作っている「ゲーム」というものは、目指すべき確固たる完成形が見えにくいものだ。楽しさを開発するということのセオリーは乏しく、根本的には難しく、多くの試行錯誤はゲーム開発には避けることのできないものだ。作っては捨て、作っては捨て……というこの繰り返しは外から見ると「ムダ」にしか見えないようだ。これがゲーム開発に「ムダ」が必要と言われる一般的な理由であるように思う。「そうなんだよ、ゲーム開発にはムダが必要なんだよ。これはゲーム開発だから仕方ないんだ」

 そんな声がそこかしこから聞こえてきそうだ。私自身も今まで何回も聞いたことがある。しかし、盲目になってはいけない。開発のすべてにムダが必要なわけではないのだ。

 残念ながら時間はいつも足りないものだ。本当は私たちにムダなことをしている暇は無いんじゃないだろうか。

 大別するとムダには 2 種類ある。「必要不可欠なムダ」と「ただのムダ」だ。今あなたがしているムダなことは、どちらのムダだろうか。必要なムダと、ただの(本当の)ムダははっきりと区別して、ただのムダは極力排除するように日々努めなければいけない。

 私はプログラマーだから、その経験から例を挙げてみよう。たとえば、トイレから帰ってきてもまだ続いているような長いビルド時間を頻繁に強いられるのは、ただのムダだと思う。もしあなたが、長いビルド中にとてつもないアイディアを思いつくかもしれないからという理由で長いビルド時間をそのままにしておくつもりなら止めはしない。しかし、長い待ち時間は大抵何も生み出さない。それどころか、長い待ち時間はあなたの精神力を消耗させる。そして人生をただただ浪費する。そう、人生をだ。あなたはそう認識したことがあるだろうか。あなたが思っているより、あなたの人生は短いものだ。

 長いビルド時間を避けるためにすぐにロードして実行できるようなスクリプト言語を使用したりするのが最近のトレンドのようだ。これも、とにかくただ待つだけの時間を取り除こうという努力のひとつだ。ムダは開発の段階に応じて様々に形を変えて現れてくる。これを見逃すと、終盤になるにつれ開発速度が急激に落ちていくことがある。そうならないために、開発の最初から最後に至るまであらゆるムダに目を光らせておくべきだ。そして、できることならそういった監視者を任命してチームに常駐させておくことが望ましい。

 このようなムダを監視し、排除するための工夫をする人は、現在の複雑化したゲーム開発には不可欠だ。ゲームデザイナーやアーティストの要求をできるだけ早く実現することができれば、その分試行錯誤できる回数が増える。「必要なムダ」をする時間を確保するために「不必要なムダ」を徹底的に排除しよう。どんな天才クリエイターも効率のよい開発環境や有能なスタッフに恵まれなければアイディアを商品化することはできない。言うまでもないことだが、天才的なクリエイターだけでゲームが開発できるわけではない。スタッフの地道な努力が天才の仕事を支えるのだ。不幸にもあなたの周りに天才がいなければなおさらのことだ。

 試行回数というのは極めて重要だ。試行回数がクオリティそのものだと言っても過言ではない。カードに慎重に穴を空けてスロットに差し込む順番を待つ時代じゃない。プログラムのみならず、アート、サウンド、ゲームデザイン、どれをとっても、より多くの回数トライできることは大切なことだ。もう一度言う。人生はそんなに長くない。存分に人生を謳歌するためにも効率を追求しよう。